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ブッダ

しかしあれですねー、やっぱ宗教って不思議ですよね。

特に、宗教というものが今や生活からかけ離れている日本という

国に住む僕としては。

たくさんブッダの像に祈ってる人がいる。

ひたすら瞑想してる人がいる。

、、、、何が目的なんだろうか。



自分も悟りを得たいのか、どうなのか。

そこでガイドしてくれたインド人に聞いてみました。

「悟りを得たいと思うかい??」

すると彼は、

「悟りを得るには出家しないといけない、だから無理。」

と。

はー、そうなのか。

仏教では悟りを得るには出家しないといけない。

たぶん、出家して修行に励むということなんでしょうかね。

つまり、ブッダがやったのと同じように、何年も瞑想して、

死ぬ寸前までの苦行を行う。


じゃあ、それ以外の、普通の仏教徒はなんなのか。

お祈りしたりしてるけど、いったい何を祈ってるのか。

ホント不思議でした。


僕が思うに、ブッダは悟りを得た時、おそらくホントに神の声が聞こえたんでしょう。

神の声かなんなのか、つまり自分の中で自分ではない存在からの声が聞こえた、という。

で、それが神から授かった言葉、この世の真理だということで、

皆に語って伝えようとした。

僕らはこの世でどう生きていけばいいのか、どうすべきなのか、

皆が一度は感じる、僕たちがこの世に存在する意味への疑問。

そういうことへの答えを、ブッダは言葉にして伝えたんだと思います。


おそらくそれが、八正道とかいう教えであったりするのかな?

ぶっちゃけ僕あんまり仏教詳しくないので浅い知識で書いてますが、、、、


つまり何を言いたいかというと、「仏教」という風に区切る必要は

ないんじゃないか、ということ。

ブッダが願ったことは、ただ単に、世界中の人に神から授かった言葉を伝え、それぞれの人がその教えを心に留めて普段の生活を営んでほしい、ただそれだけだったんじゃないかな、と思うわけです。

別にブッダの像を祭って、お祈りをささげたり、そういうことじゃないんじゃないかな、、、

とかね。

個人的にはそんなことを思いました。

イマイチまとまってない文章でわかりにくいかと思いますが、、、。


とりあえずうっすら感じたことを書いてみました。

また明日ー!
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